EF55 ムーミン 上州路ラストラン
 
 
 
“ムーミン”の愛称で知られる戦前の電気機関車「EF55」が2009/1月で完全に引退します。その現在稼働している国内最古の電気機関車のラストランの姿を追いました。現役時代は「ドタ靴」あるいは「カバ」と呼ばれていたそうです。
 
「EF55」は、昭和11年に3両だけ製造された電気機関車。3両のうち現在保存されているのは1両だけで、JR各社の現役電気機関車の中で最古。全長約20メートル、幅2・8メートルで重量は約100トンあり、戦時中には機銃掃射で被弾し運転席の天井には穴の跡もあります。
 
戦後は高崎線などで活躍したが、片側だけが先頭車のため、転車台による方向転換が必要など難点が多く、39年12月で営業運転を終了、一度は廃車扱いとなった。53年には準鉄道記念物に指定され、旧国鉄・中央鉄道学園(東京都国立市)や高崎第2機関区で保存されてきたが、61年に動態復元され、イベント列車として高崎−水上間を走行、人気を集めてきたが、部品調達が難しいなどを理由に引退し鉄道博物館で余生を送ることになった。
 
「さよなら列車」は1月17日の上野−横川間の下り「さよならEF55碓氷」と1月18日の信越線高崎−横川間の下り「さよならEF55横川」が運転され有終の美を飾りました。両日の写真と記事は安中市在住の義弟のK.Y氏の提供です。
 
 
 
2009/1/17 「さよならEF55碓氷」号
 
 
1月17日 10:17 安中〜磯部間
 
 
 
 
 
       
BACK UPのEF64−1001はムーミンとコンビです
 
背景の台形の山は荒船山です荒船山は、佐久市の東端、長野・群馬県境に位置する標高1,422mの山で、特異な山容は、荒波を割って進む船を思わせることから、その名が付けられたといわれている。
 
 
 
 
1月17日 横川駅 10:40
 
 
BACK UPのEF64−1001
 
 
EF64-1001は高崎車両センターに所属する1000番台トップナンバーの1001は1987年3月にお座敷客車「くつろぎ」をはじめとするイベント列車牽引指定機並びに、EF55 1の補機としてぶどう色1色に白帯を配した外観で登場した車両です
 
 
 
 
 
2009/1/18 「さよならEF55横川」号
 
      
 
農免道路は大渋滞、南の土手(林)にも高感度カメラを構えた人たち、線路際には 集音マイクをセットしているのも有ればビデオもありで・・・・・10時55分、東の遠くより 目的のEF551・・・・さて、皆が緊張!そこへ大きな音で拡声器より「乾燥してます、 火の元には注意を!」赤い消防自動車、田んぼ道に!?絵を見てもらえれば推察される思いますが最適スポットの踏み切りに近づき停車しました。全くKY(空気読めない)消防士達、迷惑千万。
 
 
 
 
 
         
 
 
 
   
 
BACK UPのDD51−842
 
背景の山は上毛三山の一つ妙義山です、上毛三山(じょうもうさんざん)とは、群馬県内にある赤城山・榛名山・妙義山です。
標高は1,104mで荒々しい岩肌が創り出す自然景観の美しさが特徴で日本三大奇勝の一つでもあり、日本百景に選定されている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 なつかしのEF551
   1996/1/3 高崎駅にて
 
 
 
 
 
 
 
 
 
EF551EF641001
EF641001はEF551の補機としていたえずコンビを組んでいたがEF551がリタイヤした後は相棒がなくなり寂しいことです。
           
 
 
 
 
 
運転台
      
戦時中には機銃掃射で被弾し、運転席の天井には穴の跡があります。
 
 
 
前後非対称の特異な軸配置
 
 
 
1936年に流線形電機機関車として製造された。先頭を流線型にし運転台があり反対側は簡易運転台とした。台車は先頭側を2C、反対側をを1Cの変則台車である。当初東海道などで特急の牽引をしていたが、方向転換、流線型の効果がないなどの問題で3両のみの製造であった。
 
“ムーミン”の愛称
愛称は「ムーミン」であるが、フィンランドのトーベ・ヤンソン原作のアニメや絵本のキャラクター「ムーミン」に外観が似ていることに由来するものです。現役時代は「ドタ靴」あるいは「カバ」と呼ばれていたそうです。ムーミンの故郷はフィンランドですそれでフィンランド航空の機体にムーミンのひょうきんな顔立ちが描かれています。
                                                    
フィンランド航空のMD−11ムーミン特別塗装機(2005/5/29ヘルシンキ空港にて撮影)
(MD−11は第3エンジンが垂直尾翼に有るのが特徴だが経済性が悪く消え去る運命の希少機です。本機の生みの親は「マクダネル・ダグラス社」だったがボーイング社に吸収されました。)
 
 
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