釜山からソウルまで周遊
おじさん達の韓国道中記
HOME
 
2007年5月13日〜16日に会社の友人8人で韓国旅行に行きました。
キムチ食べ放題でキムチ好きには損をさせない旅でした。
 
4日間釜山からソウルまでバスで観光地を巡り、バスの走行距離は延べ850kmにもなりました。
 
 
 
♪ 祖国を想う歌「イムジン川」クリックするとスライドと曲が流れます
 
地名をクリックするとジャンプします
 
釜山
関空出発 5月13日    1時間20分で釜山に到着
 
 
金海国際空港ターミナルビル
   
韓国は人口4830万人で面積は日本の26%です。
釜山は人口371万人の韓国第2の都市で神戸に似た活気ある港町です。
 
 
 
釜山市内                               釜山市内
竜頭山公園                             国際市場
  
日曜日でダンスコンクールのイベントに多くの観衆が見とれていました。
秀吉の水軍に勝った李舜臣の銅像が日本の方角を睨らんでいました。
 
朝鮮動乱の直後の闇市から発展してきた釜山最大の商店街は大変混雑していました。

 
 
 
 
釜山市内
高層マンションやビルが林立し高速道路も整備され活気を帯びていました
 
 
慶州
 
 
慶州  5月14日
宿泊したコモド慶州チョースンホテル
庭園からの見上げると大変立派です
 
 
 
5月14日の朝飯のカルビ湯定食の店です
 
”鶴さん”と ”ガイドの盧賢姫(ノ ヒョン ヒ)さん”と ”義ちゃん”
 
 
 
慶州     石窟庵の鐘楼
  
670mの山までバスで上り拝観しました、鐘は床の音響反射を利用するため低い位置にあります。
 
 
 
慶州    石窟庵
盛り土の中に石窟があり釈迦如来像が安置されています
石窟庵 は佛国寺を建てるときに一緒に建てられたものです。
751年金大城 は現世の父母のために佛国寺をたて,前生の父母のために石窟庵を建てたそうです。
 
 
石窟庵の説明図
ドーム型の天井をした石窟の中央に釈迦如来像(高さ3.48m)が安置され
韓国仏教彫刻の最高傑作と言われて白色花崗岩で繊細に彫られています。
壁面周囲には38体の像が彫り込まれています。
 
 
 
 
石窟の中央の釈迦如来像
     
壁面周囲には38体の像が彫り込まれています。
 
 
 
仏国寺
751年 金大城 は現世の父母の追善ために佛国寺を建てました。
華厳法流寺とも呼ばれ秀吉によって焼かれましたが後に再建されました。
韓国人ガイド(盧賢姫ノ ヒョン ヒ)さんと”欽ちゃん”。
ガイドは話しが長いのと日本人以上に日本の歴史が詳しく小柄な割に早足でした。
 
 
 
豚の年(韓国では亥(いのしし)を豚年と言い、この年に生
まれた子供はお金に恵まれ、幸運を授かるとされています。
 
 
 
仏国寺で記念撮影
 
 
 
14日の昼食は参鶏湯(サムゲダン)です
 
とろけるような柔らかさ・・・若鶏丸ごと1羽では食べ飽きます
 
海印寺
 
 
  大邱
海印寺
海印寺は慶尚南道と慶尚北道にまたがる伽耶山山中にあり
高麗八萬大蔵経版木を収蔵する寺で最も古い建物です
 
 
 
版木を収蔵する蔵経殿
牢屋の様に見えますが版木を収蔵する蔵経殿の換気窓です
 
 
 
蔵経殿内部の版木
版木の数は81340枚で経典にして6791冊にもなるそうです。
 
 
 
5月14日の夕食はしゃぶしゃぶです
冷凍肉なので湯通し時間は長めがポイントです
 
 
 
冷凍の肉と、その周囲には野菜でくるまれた寿司飯が並べらています。
 
 
 
   
ホテルで飲む為のマッコリ(どぶろく)を調達しました、焼酎とビールを独占している”祐さん”
ペットボトルの容器で高級感がありません。
 
 
ホテルで毎晩恒例の反省会                  義ちゃん栓抜きをマイク代わりに熱唱                          
  
翌朝”おじさんこと・・ヒロミちゃん”のデジカメが行方不明になりました、捜すのを諦めてバスの中で飲み直ししていたら酒のつまみの中からデジカメが出てきました。トラブルメーカの”おじさん”は相変わらず健在でした、次は何をしでかすやら!?。
 
太田
 
儒城 5月15日
青南台へ行く道中で韓国の 高校生と交流
 
日本語も勉強中とか
 
 
 
 
青南台
   
以前は大統領の別荘だった場所です                       高野槙の木
日本にしか生息しない木が何故ここに有るのかは定かで無いそうです
 
 
高野槙の木は、悠仁様のお印です、日本にしかない木です、高野槙は韓国と不思議な縁のある木で百済の王陵(古墳)から、この高野槙で作られた木棺が発見されているそうです。これは日本の学者の材質分析で明らかになっていますが、日本にしかない木がなぜ朝鮮半島の古代の古墳から出てくるのか、 日韓古代史のミステリーです。
 
 
15日の昼食はミニ韓定食です
飲み過ぎでダウンしている”忠さん”
”ビール追加”と注文する”鶴さん”  飲み足らぬ”義ちゃん”
 
 
韓定食
まるでバイキングの様な品数の多さに大満足しました食べ
切れない程料理を出すことが客をもてなす礼儀だそうです
食べ尽くすことは足りないということになり失礼になりますだから食べ残すのが礼儀だそうです
 
 
 
 
 
水原
水原城 長安門
巨大な城壁で囲まれた街、李朝22代正祖王が漢陽(今のソウル)から都を移そうとして造宮し、1796年に完成しました。しかし、完成直後に王が亡くなったため、遷都計画は中止されました。城壁や城門が残っていて当時をしのばせ楼閣は朝鮮戦争の時に大半が破壊されたが、1975年から復元工事が開始され、築城当時の史料をもとにほぼ完璧に復元されました。1997年には世界遺産に登録され 一巡りすると5.7kmあります。
 
 
 
 
華虹門
中心を流れる水原川の水門
ソウル
 
ソウル
ソウルは人口は1050万人の韓国第1の都市です。
オリンピック競技場
1988年にオリンピックが開催されました
 
 
ロッテが建てたのマンション
免税店の前方にある黄金色のマンションです
 
 
ロッテーワールドの遊園地
トラブルで閉園中でした
 
 
ロッテワールドの免税店でお土産を買いました
売れ筋は韓国海苔でした
 
 
南大門市場
商店街で「お兄さん完璧な偽物ありますよ」と度々ささや
かれました巨大な商店街は一日に50万人が訪れるそうです
 
 
国宝の南大門
    
サンケイニュースより
1396年に造られた当時の城壁は撤去され、城門だけが残り国宝に指定されています、その後2008/2/10に放火で楼閣が全焼した。燃える南大門はサンケイニュースより
 
韓国一の繁華街 明洞(ミョンドン)
通りは若者で溢れていました
 
 
韓国銀行(韓国の日銀に相当します)
 
 
コリアハウスで、韓国の伝統舞踊や音楽を鑑賞しました。
 
 
 
おじさん達はそれぞれお気に入りの踊り子にうっとりしていました
 
 
 
 
 
ソウル  5月16日
 
宋廟の正門
      
歴代君主の位牌を奉って祭祀を行う所です。             綺麗なカラス「カササギ(カチカラス)」です
韓国の国鳥で佐賀県の県鳥。
 
正殿
正殿には李朝の君主が祀られ、王妃は別棟永寧殿に祀られました。
歴史的に有名な君主は朝鮮王朝を起した、初代太祖。
儒教崇拝を確立した、3代太宗。
ハングル文字を作った、4代世宗。
動乱王朝末期の、26代高宗。
ラストエンペラー、27代純宗。
 
 
統一展望台
統一展望台
 
 
 
    
 
 
この展望台は漢江(ハンガン)と臨津江(イムジンガン)が合流する地点の韓国側、
に建てられたもので川の対岸は北朝鮮の開豊(ケプン)郡で農村地帯や集合住宅用等
が有るそうそうですがあいにくの雨天で良く見えませんでした。
 
  ♪ 祖国を想う歌「イムジン川」
↑クリックするとスライドと曲が流れます
 
対岸が北朝鮮です
 
   
あいにくの雨天で望遠レンズでもよく見えませんでした。
 
 
展望室で上映された対岸の映像を写真に写しました
(北朝鮮の豊かさを宣伝するための住宅が写っています)
 
5月16日の昼食はキムチ鍋です
 
 
 
日本で食べるのと比べると やや塩辛く感じられました
 
 
空港近くで最後の土産店に入りました
商売一徹のキムチ売りおばさん、弁舌は相当なもので、
皆さんキムチを買っていました。
仁川
 
 
仁川国際空港にてホーとするおじさん
 
”おじさん&祐さん”手荷物のキムチが保安検査で引っ掛かり再度  航空会社に預け直しさせられ、冷や汗をかいていました。又してもトラブルメーカでした!それにしても現地ガイドさんこの点もう少し注意を喚起してやるべきしょう「キムチは液体に属するので手荷物は駄目ですと」
 
 
小生も金属検査機に引っ掛かりました。シャツの下に着ていたベストタイプの旅行用貴重品入れが疑われ別室で上半身裸にされました。金属の留め具が反応した様です。仁川空港の金属検査機は敏感です。こんな貴重品入れ売るなと言いたいです。
 
 
 
この飛行機で帰国しました
6時50分発が到着遅れでれ1時間後の出発となりました
B-777-200
 
 
 
 
ひたすら飲み続ける”祐さん”
 
 
 
 
 
 
 
団長の”鶴さん”全員無事帰国でほっとしてます
 
 
 
TOP
 
 
HOME                MENU(季節便り)          MENU(海外旅景写真へ)