リスボン大地震
 
地震発生
NHK総合テレビの「歴史秘話ヒストリア」の「あの日から世界は変わった〜リスボン巨大地震の衝撃」を以下に抜粋しました。260年前の素晴らしい政治家に敬服する次第です。

地震発生は以下から260年前
1755年11月1日 9:40 人口25万の都市に東日本大地震と同規模マグニチュード9クラスの大地震が襲う。震源はリスボンから約300km離れた海底で、揺れは西ヨーロッパ中に達し巨大津波はカリブ海にまで到達。建物は崩壊し住民等は安全な場所を求めて河川敷避難したが、その直後大津波が町を襲い、さらに大火災が発生し市街地の3分の2以上が失われ4万人が命を落とした。
 
 
 
     震災の街ととテージョ川を襲う津波の絵                              今も残る屋根が崩れた「カルモ教会」
 
 
 
 
 
 
ポンバル侯爵の救援活動
復旧に、立ち上がったのが国政をあずかる大臣ポンバル侯爵(セバスティアン・ジョゼ)で国王や他の大臣の多くは茫然自失の状態の中で唯一ボンバルが行動を起こした。

 @国中に食料を送るよう通達を出す
 A買い占めを防ぐため価格統制令を出す
 B伝染病を防ぐ為に遺体を海に流す
 C窃盗を減らすため街の目立つ場所に処刑台を作り罪人を罰す
 D国外からの支援物資で9000の仮設住宅を建設
 
 
 
左:仮設住宅の絵            中:大臣ボンバル侯爵
 
ポンバル侯爵の都市の再建
ボンバルは一月後には早くも都市再建に乗り出す。

 @火災の延焼防止のため無秩序な建築をやめ10mの道路で街を碁盤の目に区切る、広場を多く作る
  (大火災の原因は無秩序な建築で路地しか無い密集した街だったから)
 A耐震の構造の建築設計のため科学的研究と海外の衆知を集めた、筋交いを設ける
  「鳥かご」のモデルを考案し木造の建物を造船の技術でを作る。
   (兵隊を使って人工の地震を起こして耐震テストも行っていた)
 B建物に防火壁を設ける。
 C震災ガレキを集めて土地のかさ上げを行い津波対策をする。
 
 
 
 
上は復興計画図、下は耐震設計の鳥かごモデル(クロスバーの柱組)
 
 
 
 
 
今も使われている住居の柱組と防火壁(屋根上に突き出てる壁)
 
 
 
 
直線道路の現在の街並み
 
 
 
 
 
 
 
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