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撮影2010.4.19
 
 
 
砂漠を走る鉄道
ペトラから死海へ移動中のバスの車窓と並行する線路を注視していたところ偶然列車が南進してきた、ヨルダンにも鉄道が走るのだ!と興奮しながら撮影した次第。「アラビアのロレンス」に登場するオスマン帝国が築いたヒジャーズ鉄道でした、視界を遮るものは何もなく全長が見渡せた、長大編成のジーゼル機関車で28両のホッパーカーを牽引していた。この積み荷はリン鉱石でアカバ港から肥料用として主に中国に輸出されるものです、ヨルダンは世界3位のリン産出国なのです。
 
国土の80%は砂漠地帯の国、使い道の無い砂漠に飛行場でも作ればペトラへの観光収入アップになるのでは、アンマンからペトラまで280kmも離れている、誰か投資する人はいませんか・・・変化の無い砂漠を見つめながらつぶやいた次第。
 
 
 

 
カタラーニのドライブイン
 
 
                                                   
  
ペトラから死海へ向かう途中のカタラーニのドライブインには死海で採れた塩や泥で作られた石鹸や泥パックが沢山売られていた、ミネラルが豊富な死海の成分が美肌効果に抜群とか。ヨルダンでは数少ない特産品の一つです。パッケージも中東と思えない立派さです。なお死海特産品以外はマダバやジェラッシュより値段が高い。
 
 
 
 

 
マダバ
 
マダバの町        
 
マダバはアンマンの南30kmにある町でイスラムの国ながらここはキリストの関連施設の多い所、マダバの周辺には、洗礼者ヨハネが活動をした場所で、イエスもここで先礼を受けたとされるバプティズム・サイトや、そのヨハネが首をはねられたと伝えられるムカーゥィルの丘など、キリスト教に関する場所も数多い。ビ.ザンチン時代にはマダバ市内にも数多くの教会が建てられ内部にはモザイクが施された。最も有名なのは6世紀のパレスチナの地図を描いた聖ジョージ教会がある。ユダヤ教徒やクリスチヤンでなくとも、ここマダバで旧約・新約聖書の世界をかいま見れます。
 
アンマンの南30kmにある小さな町です
 
 
 
 
 
金色のドームのモスク、キリストの町では希少です。
 
 

 
聖ジョージ教会
  
中心街に有る聖ジョージ教会の正面、パレスチナ地図のモザイクが有名です。
 
 
 
 
現存するモザイクの地図の解説パネル。200万個の石を組み合わせて作られ,15.7mx5.6mの大きさだった。現在は崩れてその一部が残っている。(パネルは左が北側になる。)
 
 
 
 
 
死海は誇張されて描かれており舟が浮かんでいる、右からヨルダン川が注いでいて魚が泳いでいるが、あまりの塩分の濃さに驚いてUターンしている面白い描画です。
 
 
 
 
6世紀のパレスチナを詳細に示す貴重なモザイク
中央の楕円形の部分がエルサレムです。2本の道があり両側には列柱が画かれています。6世紀当時のエルサレムはローマ風の街になっています。これは西暦135年、ローマ皇帝ハドリアヌスがエルサレムをローマ風の街に作り替えていたからです。このモザイク画はイスラム時代以前のエルサレムの様子を伝える貴重なモザイクです。さらにエルサレムのすぐ左側にはイエス生誕の地とされるベツレエムも画かれています。
 
 
 
 
聖ジョージ教会内部と祭壇
この床にモザイク地図が描かれています。
 
 
 
 

 
 
 
 
子供や学生
  
教会に遠足に来た幼稚園児と先生が唱和しています、富裕層の子女でしょう。
 
 
 
 
                                                                 
陽気な学生達、人なつこい笑顔でした。
 
 
 
 
 

 
ネボ山
 
モーゼ終焉の地ネボ山
 
旧約聖書の中の「紀元前1600〜1200頃モーゼがエジプトのヘブライ人の奴隷を解放し、ヘブライ人を率いエジプトから逃れる」という話があります。モーゼとその一行はシナイ山で十戒を授かった後、ヨルダン渓谷の東側を北上したといわれているが、ヨルダン内でのルートについては礁かではないが唯一わかっていることは、モーゼ終焉の地がマダバの西にあるネボ山だということだけ。ネボ山でモーゼは、率いてきた民にあの有名な「あれが約求の地カナンだ」という言葉でパレスチナに向かうよう促し、自身は山上からそれを見守ったとされている。映画「十戒」のラストシーンの地です、映画で見た景色と多いに違っていました。
      
  ヨハネ・パウロ2世の記念碑                          モーゼ記念碑
 
2000年にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が訪れたしるしです。 記念碑下方には、UNUS DEUS PATER OMNIUM SUPER OMNES「一つの神、万民の父が、万民の上にいます」と書かれています。右のモーゼ記念碑にはネボ山修道院、キリスト教聖地とある。(SIYAGHAとは修道院の意)モーゼはユダヤ教、キリスト教、イスラームの元祖の聖人でした。
 
 
 
 
 
2000年にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が訪れた様子
 
 
 
 
 
 
死海とヨルダン川は見えるが、イスラエル側の西岸世界最古の町エリコならびにエルサレムはかすんで見えません。
 
 
 
 
 
 
死海と対岸はパレスチナ自治区です。
 
 
 
 
ネボ山から死海側の眺望は草木のない山肌ばかりでした。
 
 
 
 
蛇のモニュメント
 
「モーゼが起こした奇跡の一つ、杖を蛇に変えた」という旧約聖書の話から、1989年にイタリア人アーティスト、ジョバンニ・ファントーニによって制作された、パレスチナを見渡す丘のモニュメント。真鍮の蛇は、モーゼが砂漠に放してやったという話がある。
 
 
 
 
 

 
死海
 
死海の「DEAD SEA SPA HOTEL」 
 
  
ホテルのプールサイドから死海を眺望、リゾートホテルだけあってプールもあり死海で遊んだあとにプールに入るのも良い気分です。
 
 
 
 
ホテルから水着で海に直行出来るプライベートビーチ、砂浜にはシャワーもあります。
対岸まで11km(対岸はヨルダン川西岸=パレスチナ自治区)エルサレムまで35kmです。
 
 
 
 
浮遊体験
  
死海の楽しみは浮遊体験、本当に浮いてしまう。日本から持参した新聞で定番のパフォーマンスをしてみた。ところが上げた手のバランスを崩して横向きに倒れて新聞はずぶぬれになりました、沈まないからと安心は禁物、浮きながら万歳をすると大抵横倒しなって海水をかぶります、静かにしていることです、決して泳いではいけません海水が目に入ると痛くてたまりません、シャワへまっしぐらに走るはめになります。
もう一つの楽しみは死海の泥パック、1$払って泥を体中に塗り乾かします、その真っ黒な姿がおかしてくて思わず吹き出します。
死海は塩分濃度が普通の5倍もあり生物は全く存在しないが海抜マイナス400mでは空気層が有害な紫外線を遮断するため皮膚に対して心配が無く海抜の低さゆえ酸素濃度が高く心拍数が減少して体が休まるそうだ、それと気温が平地より高く冬でも海に入れるわけです。ゆえにここは欧米人のリゾート地として栄えています。
 
 
 
 
死海のサンセット
18時55分です、対岸のイスラエルのエルサレム側に夕日が沈んでいきます、ロシア人グループがまだ遊んでいました、4月ですが夕方でも決して寒くありません。
 
 
 
 
 
さすがにリゾート地のホテルです今回の旅行で一番リラックスできたホテルでした、旅程上一泊しか出来ないのが残念でした。
 
 
 
 
ディナーショウが見れるとは予想外で大いにエンジョイ出来た。
 
 
 
 
 

撮影2010.4.20
ジェラッシュ
 
ジェラッシュ遺跡
アンマンの北約50kmのジェラシュは、ローマ人がアラブに造ったローマ都市で華麗、かつ壮大な遺跡です。 紀元後50〜60年頃から、ローマ帝国の繁栄にともない、その支配下での交易でジェラシュは富を増し、劇場や神殿などの建物も造られるようになった。
8世紀の大地震で建物の多くが崩頓、その後19世紀にドイツ人旅行者に発見され、1925年より修復作業が始まったものでそのスケールの大きさには驚かされます。
 
 
 
 
 
八ドリアヌスの凱旋門
 
 
 
 
八ドリアヌスの凱旋門の彫刻
 
 
 
 
南門
遺跡のメインゲートである南門
 
 
 
 
フォーラム(広場)
3000人を収容出来る円形の広場の周囲を列柱が取り囲んでいる。
 
 
 
 
 
フォーラム(広場)の南側(背後)の丘にはゼウス神殿と南劇場がある。
 
 
 
 
南劇場
3000人を収容する劇場はほぼ完全な状態で保存されている。舞台が北側を向いているのは太陽の光の影響を少なくするため。
 
 
 
 
最下段の座席の下に、音響をよくするための穴が開いている、凄い知恵です。
 
 
 
遺跡を一望
南劇場の上から遺跡を一望出来る、右手前からフォーラム、列柱通り、そして集会所、四面門、ニンフアエウム、アルテミス神殿
 
 
 
 
 
 
 
列柱の交差点
列柱の交差点は珍しい
 
 
 
 
列柱が交差する所に四面門がある、珍しい場所だ。(この写真はsonyのムービトレサーで作りました。)
 
 
 
 
 
アルテミス神殿
 
ひときわ背が高い12本の大きな柱が林立している。女神アルテミスに捧げられたこの神殿は、12世紀にアラフ軍と戦った十字軍によって−部破壊された。
 
 
 
 
「ハアザミ」の装飾
柱の頭部の装飾は「ハアザミ」の模様で精細に作られていて美しい。
 
 
 
 
神殿の警察官は気軽に写真撮影の応じてくれ、国際親善を務めている。
 
 
 
 
ニンフアエウム
これは191年に建てられたもので、名前から類推できるように、半魚半人の妖精ニンフに捧げられたものだ。別名泉水殿とも呼ばれる。
 
 
 
 
上のライオンの口から水受けに水が流れ落ちる、ここから泉水殿と呼ばれるてるのでしょう。
 
 
 
    
 
ニンフアエウムの遺跡の一部が地上に横たわっている。
 
 
    
 
林立する見事な列柱、倒れないのが不思議です
 
     
 
 
 
戦車競技場
 
凱旋門のすぐそばにマリアノス教会とその向かいに戦車競技場がある。長さ245mの幅52mのの競技場では、戦闘用馬車の競走などが行われていた。当時は1万5000人の観客を収容していた。現在は競技を題材にした寸劇が演じられている。
 
 
 
 

 
昼食はシシケバブ
  
串焼きの羊、牛、鶏肉のシシケバブと右はアラビアパンにはさむ野菜やオリーブオイル、ペースト類。
 
 
 
 
アラビアパンを焼いている様子
ナンより薄ペラい皮だけのパン、皮の裏表を剥がすことが出来る。
 
 
 

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ヨルダンのお土産